読みもの 遺言書もどき ~向田邦子さんの遺言書~

おひとり様のパイオニア
私は自分の縁遠さを感じた三十路前、猫を連れて実家を出て、ひとりと猫の生活をはじめました。それから、人生うろうろで手袋をさがし(注)、3年前からは自営業を営むようになりました。
 ひとり暮らしはさびしくないと言えばうそになりますが、猫を愛で、いろんな人と出会いながら職能を磨く日々は悪くないなあと思っています。
そんな今の私のありようはどこかでみたことがある、ふと思いました。そう、私の大好きな向田邦子さんです。猫を連れて実家を出て、生涯独身でひとりと猫の生活をしながらフリーで活躍された方でした。私が初めて向田邦子さんのエッセイを手にしてから早や20余年、思えば遠くにきたものです。
 向田邦子さんは、『寺内貫太郎一家』など昭和のホームドラマの名作を多数生みだした名脚本家です。その才能は脚本だけにとどまらず、40代後半からエッセイを書き始め、50歳になり小説にも活躍の場を広げ、あっという間に直木賞作家にもなられました。
 私は、特に彼女のエッセイが好きで、何度も読み返したものです。美しくて読みやすい文章は自然に読む者の心をつかみ、いつの間にか引き込んでいく魅力があるのです。

『命を全うさせてやりたい』
向田邦子さんは、残念ながら51歳のとき台湾旅行途上の飛行機事故で亡くなりました。
本人はもちろん、ご家族にもあまりにも突然のことでした。
彼女の死後20年たって、妹の和子さんが向田邦子さんが書いていた遺言書を公開しました(『向田邦子の遺言』文藝春秋刊)。正式な遺言書というより、長期旅行前の走り書きといった体裁のものです。
 当然、向田邦子さんは台湾旅行に行くときには自分が死ぬとは思っていなかったはずです。それでも、万が一ということがあると想定して、自分の財産はどんなものなのか、そしてどう処分してほしいかを書き記しておいたのでした。
彼女の最愛の財産である猫の行く先もちゃんと決めてありました。
『バカバカしいとお思いでしょうが、16年も一緒に暮らしたのです。生きものですから、あまりさびしい思いをさせないで、命を全うさせてやりたい』と弟さんに託しています。
 自分が死んでしまうのは仕方がないとして、ペットの行く先が心配、というのは、私にとってはとても共感できるところです。ひとりで猫を抱えて暮らしていると、本当に心配なことなのです。

『仲良くして下さい』
この遺言書の最後には、『仲良くして下さい。お母さんを大切にして、私の分も長生きすること』と締められています。ご家族への祈りです。向田邦子さんは、ご家族の一人一人に対して、行く末を案じ、財産分与に条件を付けるという形で自分の気持ちを伝えています。
 妹の向田和子さんも『事務的な文書の装いの裏に、姉の肉声がだまし絵になったり暗号になったりしながらちりばめられている』(『向田邦子の遺言』文藝春秋刊)と書いています。押しつけがましくなく、遺族がゆっくりと咀嚼していくように丁寧にご自分の気持ちを伝えていかれたのです。
 なんとも、向田邦子さんの遺言書は、あっぱれです。
この遺言書は日付や署名・押印がないから法律的には効力はありませんが、私を含めた猫持ちおひとり様の身じまいの仕方としては、見習うべきものがあると思うのです。
 私もこのままお嫁に行けないまま、51歳ですっと消えちゃうかもしれません。でも仕事であれだけ成功して、生活骨董や旅行を楽しみ、猫を愛していくことができればそれもまた良いような気がします。自分の筆一本で生計を立て、自分らしい生活をのびのびと営みながらも、家族への気遣いも忘れていない向田邦子さんは、おひとり様の理想像だと私は考えております。

(注)手袋をさがす
『夜中の薔薇』(講談社文庫)収録のエッセイ。
当時の女性たちのように学校を出て少しお勤めしてからお嫁に行くという生き方をするか、あるいは自分の興味の赴くままの生き方をするか、という人生の大きな選択を、寒さをしのぐため何でもいいから手袋をつけるか、たとえ寒くても気に入った手袋がないならつけない方がいいか、という日常のちょっとしたことになぞらえて語っている。

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